壱岐国一の宮

天手長男神社

あめのてながおじんじゃ その後、すべては壱岐国から始まった 壱岐国ルネッサンスU&V。世界に広がる”地球平和祈願”

 博多港から壱岐海峡を越えて壱岐島の郷ノ浦港に上陸する。九州から朝鮮半島に渡る飛石のように配置されている壱岐・対馬は古来から交通の要地になっている。郷ノ浦からバスで住吉神社のある芦辺町の方に行くと、郷ノ浦の町をはずれの、柳田バス停から右へ入った小高い丘の森の中に天手長男神社ある。神社の標識の看板が出ていた。
 『壱岐神名記』は若宮という、天手長男神社としたのは平戸藩の国学者橘三喜(1635~1703)であった。橘三喜は『一宮巡詣記』に「天手長男神社は壱岐国宗廟たりといへども、跡かたもなく」とし、田中の城山竹薮の中に分け入り、神鏡1面、2座の石体を堀出し石社をつくり、後世に伝えるためにと記している。延宝4年(1676)のことである。松浦藩主の命により元禄元年(1688)に初めて宝殿、拝殿ができた。橘三喜の査定は地名によると思われるのが多いとして、芦辺町の湯岳興触の興神社の地をさすという説もある。

所在地・アクセス

〒811-5117
 長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触730
   TEL 0920-47-5748 (谷口宮司、携帯に接続) FAX(j自宅)0920-47-3323

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 郷ノ浦港タクシー10分